大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所 昭和51年(行コ)9号 判決

熊本県熊本市新市街五番一三号

控訴人

木下富雄

右訴訟代理人弁護士

本田正敏

柏崎正一

野村宏治

同県同市二の丸一番四号

被控訴人

熊本西税務署長

松村正彦

右指定代理人

川勝隆之

小柳淳一郎

坂元克郎

野崎忠男

太田幸助

井寺洪太

右当事者間の所得税更正処分等取消請求控訴事件について、当裁判所は、昭和五五年三月四日終結した口頭弁論に基づき、次のとおり判決する。

主文

控訴人の当審における被控訴人が控訴人に対してなした別紙目録(一)記載の所得税更正決定処分及び重加算税賦課決定処分並びに別紙目録(二)記載の入場税賦課決定処分の各無効確認を求める新請求を棄却する。

控訴人の右各処分の取消を求める請求につき、本件控訴を棄却する。

差戻前及び差戻後の控訴審並びに上告審の訴訟費用は全部控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、一 原判決を取り消す。二 被控訴人が控訴人に対してなした別紙目録(一)所得税更正決定処分及び重加算税賦課決定処分並びに別紙目録(二)記載の入場税賦課決定処分がいずれも無効であることを確認する。三 右請求が認められないときは、前項の各処分をいずれも取り消す。四 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」旨の判決を求め(右二項の請求は当審における新請求である。)被控訴代理人は、当審における新訴請求につき、第一次的には訴却下の判決を、第二次的には請求棄却の判決を求め、本件控訴につき控訴棄却の判決を求め、訴訟費用につき「当審における訴訟費用は控訴人の負担とする。」旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張並びに証拠の提出、援用及び認否は次のとおり加えるほか、原判決事実摘示(原判決二枚目-記録一七丁-表八行目から原判決五枚目-記録二〇丁-表一三行目まで。)と同一であるから、これを引用する。

第一控訴代理人の陳述した主張

一  本件各課税処分には内容上の過誤があり、かつ、それが課税要件の根幹に関するものであつて、不服申立期間の徒過による不可争的効果の発生を控訴人の不利益に帰せしめるのは著しく不当と認められる事情があるから、右各課税処分は無効である。

1  入場税関係について

昭和三六年当時においては、形式的に存在する入場税法の税率は全く形骸化しており、これに代つて、税務署と興行主とが話し合いで税額を定め、これを納入する方式がとられていた。この方式は、入場税法の不備、特に地方差を無視した上乗せ方式の無理が基本的原因となつて発生した話し合いの慣行が税務署側にも徴税成績の同上、不良興行の防止の利益を伴うことになるので単なる慣行から法的な方式へと高まつたものであり、反面、入場税法はその限度で形骸化してしまつたのである。控訴人は、この話し合いの方式に従い、被控訴人と協議を行い、当初二五万円の入場税額を納付し、興行中途で五〇万円を更に納付し、興行終了後、報告書を作成したが、残り券が少なかつたので、最終清算額として更に二五万四、〇〇〇円を追加して残券を返還した。それ故、控訴人は、話し合いの結果に基づく入場税額を当時完納しているのであつて、これ以上納入すべき税金はない。その後五年間、控訴人についてこのことが全く問題とされなかつたのは、もはやそれ以上納めるべき税金がないことを被控訴人が決定していたからにほかならない。しかるに、被控訴人は、本件課税において、当時の税額決定の過程及び根拠を一方的にふみにじつたものであり、それは内容的に過誤があるばかりでなく、課税の根幹に関するものであるから無効といわなければならない。しかも、被控訴人は、ただ時効中断のみを意図し、既に税金は完納していると信じている控訴人に対して、何らの調査も照会もすることなく、当時控訴人が接見禁止の勾留状態にあるのも顧慮せず、外形上の送達適法性のみ考慮して賦課決定の通知を行つたのであり、控訴人が税金完納を理由に決定書を返送したにもかかわらず、異議申立について何らの教示、助言も与えていない。

以上、本件決定書の送達をめぐる前後の状況、課税処分に至つた背後事情、控訴人のおかれた窮地等を総合勘案すれば、異議申立期間を徒過したからといつて、その不可争性を控訴人の不利益に帰するのは著しく正義に反するものである。

2  所得税関係について。

(一) 昭和三六年度の菊人形博覧会に関する控訴人の現実の収支は、総収入三、一九二万六、八六一円で、総支出は三、一四〇万九、九〇八円である。従つて、その差額五一万六、九五三円が控訴人が現実に得た利益である。(第一審判決の事実摘示の該当部分は上記のように改める)。ところで、菊人形博の表向きの収支は、甲第二六号証の示すとおりであつたが、これには、税務署との話し合いによる税額に合わせて、前売券収入を逆算していたため、前売券収入が入場税との関係で一、一〇〇万円ほど落してあつた。もし、博覧会収入を正規に計上して、控訴人の所得を算出すれば、支出、つまり必要経費もこれに対応して正しく計上し、所得から控除しなければならぬはずである。しかるに、被控訴人がなした八七六万二、六七九円の更正所得額は、改めて計上し直さるべき実際の支出(必要経費)を全く無視して、一方的に算出のうえ賦課決定したものである。被控訴人は、更正決定にあたり、実際の支出につき控訴人について何ら調査することなく、警察の資料にたより、控訴人及び中島朗名議の預金帳を集計して算出した。しかし、右両口座の入金がすべて控訴人の収入ではなく、博覧会関係の預り金ないし運用資金としての一時的借入金も存在する。従つて、口座入金の性質を明らかにすることなく認定された収入額は、内容的に誤りであると共に収入なきところに課税するという課税の根幹に関する過誤であつてかかる更正処分は無効である。これを詳述すれば、次のとおりである。

(1) 右更正決定及び重加算税賦課決定は、控訴人及び亡黒田博之が共同で昭和三六年一〇月一日から同年一一月三〇日まで熊本市内本丸一番地熊本城内において開催した一、熊本大菊人形博覧会(以下「博覧会」という。)に関する控訴人の雑所得にかかるものであるところ、右各決定には次のような重大な過誤がある。

イ 被控訴人は、博覧会に関する控訴人の雑所得を認定するにあたり、肥後相互銀行の木下富雄名義普通預金口座及び中島朗名義普通預金口座の両口座の預け入れ額の単純合計額かもつて控訴人の収入額とする重大な過誤を犯した。

ロ 被控訴人が右更正決定等をするにあたり根拠としたのは乙第二〇号証であるところ、同号証四枚目の八、売上金額の算定の項には「菊博木下富雄預入高一、六〇一万三、四三八円、中島朗預入高一、九三九万五、五八四円、加算額三五四万四、八六〇円、合計三、八九五万三、八八二円」とあり、この合計額がそのまま同号証一一枚目収支計算書の収入の部の「調査額」として掲げられていて、両預金口座の預け入れ高を単純合計しただけで預け入れ金額をすべて控訴人の収入とした。

ハ しかし、経験則上明らかなとおり、銀行預金口座に入金された預金高はすべて預金者の収入であるとは限らず、本人が第三者から借りた金や、第三者からの預り金等本人の収入でない金も含まれているのが通常である。これらの収入以外の預金も銀行の元帳には何ら別段のしるしが付されたり取り扱いがされるわけではなく、収入と全く同様に同人の預け高として記張されるだけである。従つて、経験則上、預け入れ高は即収入とは認められないし、預け入れ高が当人の収入か収入外の金であるかも銀行の元帳をみただけでは判明しないのである。

しかるに、被控訴人は、右経験則を無視し、漫然預金の元帳だけで預り高をすべて控訴人の収入と認定した。

しかも、実際には、右預け入れ額中に第三者の収入に属すべき預り金があつた。すなわち、前叙両口座に預け入れられた金のうち、有限会社白鳥及び木下辰則が経営していた食堂の売り上げが一日平均約八万円、期間六〇日で四八〇万円ほどが預け入れられ、後日、二ないし三回にわけて同人らに返金され、また牛乳、ジユース等の販売をしていた弘乳舎の売り上げが一日平均約三万円、期間六〇日で一八〇万円ほどが預け入れられ、これも後日博覧会事務局から弘乳舎に返金されている。右のような第三者からの預り金のほか、博覧会事務局において支払準備のため用意していた現金を集金人が来なかつたりして支払をしなかつた場合に、当日入金分と合わせて再度口座に預け戻したこともある。このように、既に手持ちしている現金を銀行口座に戻しただけで新たな収入と認定することが誤りであることはいうまでもない。

ニ 以上のとおり、銀行口座の預け入れ高の単純合計を即収入と認定したのは、経験則にも反し、また、事実にも相違しているから、右認定の過誤は重大であつて無効である。

(2)イ 被控訴人が個々の収入額を認定せず、前叙の誤つた収入額である預金預け入れ合計額から前売券の収入を差引いた残額をもつて広告料収入以下の収入としたのは、収入の認定をしたことにならず、従つて、所得の認定をしたことにならない過誤を犯した。

ロ 控訴人の博覧会に伴う収入には、前売券収入、当日売入場券収入のほか、広告料収入小間料収入、奉讃金収入、電話料収入、煙草売上収入、雑収入、受取利息があることは、被控訴人の認めるところである。しかるに、被控訴人が更正決定の根拠とした認定方法は、前叙(1)のとおり、木下、中島両名義口座の預金預け入れ高の単純合計額を総収入とする明らかに誤つた前提のもとに、これから前売券収入当日売入場券収入とを差引いてその残額を広告料以下の収入としている。前売券については、母子会連盟がその大半を販売し、一部は商工会議所を通じて売られたものであるが、当日売入場券収入については、控訴人が総勘定元帳に記載されているとおり二六一万五、八六〇円であると主張しているのに対し、被控訴人は、乙第二〇号証において右当日売収入金額に三万九、五二〇円を加算すべきであるとしているものの、その加算の理由を説明することができない。更に、被控訴人は、広告料収入以下につき一括して八三四万八、二二二円の加算をしたことについても、総体が、三、八九五万三、八八二円であつたので、これをもとに前売券収入と入場券収入とを振り分け、あとの金額差額をあとの科目に持つて行つたとしている。右誤りは、前叙(1)の総預け高を収入総額と誤認した延長線上にあるだけでなく、前売券収入算定の際のように広告料収入以下の収入についても個々の収入についてその支払者、支払金額、支払時期、支払方法、支払の主旨等を調査すべきであつたのにこれを行つていないことに基づく誤りであつて、被控訴人は、前売券収入以外の個々の収入についてはその調査をしていない。わずかに当日売収入について加算額を四万円弱記載しているものの、その根拠が不明であると自認しているだけでなく、当時間税課で行つた調査とも矛盾している。すなわち、間税課による調査の結果は別紙別表1ないし3のとおりであるが、これによれば当日売収入は申告額どおりであつて、ほ脱はないとされている。

以上のとおりであつて、被控訴人は、前売券収入以外の収入については収入の認定を一切しておらず従つて、その所得も認定していない重大な過誤を犯していることになるから、これに基づいてなされた更正決定等は無効である。

ハ なお、被控訴人は、収入の総体を押さえれば足り、その内訳を明らかにする必要はないと考えているようであるが、このような考えが本質的に誤りであることは明らかである。その理由として、被控訴人が受取利息を収入から除外していることを指摘でき、これは利子所得に属するから除外すべきであるという考えによるものと思われるが、このことは、単なる収入だけでは足らず何の原因に基づく収入であるかを明らかにすべき必要があることを示しているのである。受取利息以外の収入をみても、広告料収入は広告塔の設置等多額の支出を前提とする収入であり、奉讃金収入、讃助金収入は寄附金つまり贈与で、雑所得には入らない。このように、博覧会の収入にはその種類によつて雑所得から除外すべきものや経費率が相違し、所得の計算に違いが生ずるものなど種々の収入が含まれているから、これを総体で一括して認定したのでは収入の認定をしたことにならず、従つてまた雑所得の認定をしたことにならない。

ニ ところで、被控訴人は、乙第二〇号証(収支計算書)による収入の認定と異なる別個の収入の認定を主張し、その内容は、前売券収入には母子会連盟と商工会議所の売り上げをもつて充て、広告料収入以下雑収入までは控訴人主張額の総勘定元帳の記載どおりとし、預金口座合計額から右各収入を差引いた残額を当日売入場券収入と認定したとしているが、この主張も次の理由により重大な過誤を犯している。すなわち、右主張は、誤つた総収入額である預金預け高合計額を基礎として、これに辻つまを合せたにすぎないから、前提たる収入額が誤つている以上、これに基づく個々の収入額も誤つていることはいうまでもなく、また、何らの裏付けもない。更正決定の理由となつた収入の認定は昭和四二年一月一一日なされたものであるが、当時被控訴人主張のような当日売収入があつたと認定した者はいない。

乙第二〇号証の記載は被控訴人主張の金額と全く相違している。第一に、当日売券の代金単価は、一五〇円、九〇円、六〇円、七〇円、四〇円、二〇円の各種であつて端数がないのにかかわらず、被控訴人主張の認定額は八三五万三、五三二円で二円の端数がでているが、当日売入場券であるかぎりこのような端数が出るはずはない。第二に、被控訴人は、入場税ほ脱額が別紙別表1ないし3のとおりであるとしてその正当性を主張しているけれども、同表による当日売入場券は控訴人主張のとおりであつて、当日売収入に関する被控訴人の主張は、右別表1ないし3と矛盾している。第三に、仮に被控訴人の主張のような当日売入場券収入があつたとすれば、当然これに対応して入場税が増加したはずであるのに、当日売収入の増加八三五万円に対する入場税の増加については一切考慮を払つておらず、増加は零である。ちなみに、被控訴人は、前売券収入の増加については一八七万九、六八〇円の税増額を認めている。

ホ 乙第二〇号証による収入の認定と被控訴人主張の収入の認定とを対比すると、次のことが明らかになる。第一に、被控訴人は、昭和四二年一月当時及び現在においても収入の認定、従つて所得の認定をしておらず、被控訴人の主張は何らの証拠もない矛盾だらけのもので、しかも事後のものでしかない。第二に、前記のように収入の認定がゆれ動くのも、預金預け入れ額の単純合計額を収入額と誤認しただけで、更にすすんでその収入内容を調査検討しなかつたためである。第三に、収入の認定もしなかつたから、それに伴う必要経費についても、当日売人場券に相当する入場税についても、全く考慮しなかつたという失態をさらす結果となつた。

(3) 総勘定元帳及び決定書について付言すると、次のとおりである。

控訴人は、熊本商工会議所との覚書(甲第一二号証の五)に基づいて博覧会の収支を明らかにすべき総勘定元帳(甲第二二号証)を作成し、かつ、これに基づき「菊人形博覧会決定書」(甲第二六号証)をまとめて同商工会議所に報告した。従つて、控訴人が作成した総勘定元帳及び決算書は、同商工会議所との覚書に基づくものであつて、これに対する報告であるから、当然正確に記録され、かつ、作成されたものとみるべきである。ただ、前売券については、前売券の入場税に合わせてあるという点だけ正確ではなく、右収入を約一、〇〇〇万円減額したのに対応して支出も減額したにすぎない。

このように、総勘定元帳及び決算書は大筋において正確であり、ただ、一部について収入減があるもののそれに相応して支出も減じられているのであるから、結局差引の所得がないことについては何らの不正もないことに帰する。しかるに、被控訴人は、総勘定元帳については何らの根拠もないまま当初から一方的に脱税の意思があつて信用できないと断定している。このような勝手な断定を前提としてなされた調査及びこれに基づく更正決定は正当であるはずがない。

(二) 昭和三八年ないし四〇年度分の所得税更正決定等について。

被控訴人が右年度における控訴人の不動産所得として増額計上している分は、控訴人所有の熊本市新市街二番地一二所在、鉄筋コンクリート造四階建店舗兼事務所の一階一〇五・〇〇平方メートルの賃料所得であるが、控訴人は右建物を永田清次ほか五名に自由に利用させ、その収益を同人らに取得させているのである。永田らは右建物の一階を渡辺カズに賃料一月一二万円、期間三年で賃貸しているが、その賃料はもとより永田らの所有であり、同人らはこれを昭和三八年度以降昭和四〇年度まで各自の不動産所得として被控訴人に申告納税してきた。しかるに、被控訴人は、昭和四二年一月一一日になつて、予め何ら実情調査することなく、右建物の一階の所有名義人が控訴人であるという理由で、控訴人の所得を認定し、永田らの納税を取り消し、控訴人に対して右年度の所得税の更正決定をしたのである。しかし、右建物の建主は永田らであり、その賃料所得はもとより控訴人のものではない。

3  以上の点からして本件各処分はいずれも無効であるから、これが無効確認を求める。

二  取消事由についての主張

1  送達の適法性について。

(一) 入場税関係

原審証人広島幸雄の証言によれば、同人は、昭和四一年九月二九日京町拘置支所特別接見室において、本件入場税賦課決定通知書及び納税告知書在中の封筒を、熊本税務署員末永秀太郎から控訴人に交付するようにいわれて渡されたので、一応控訴人に見せたが、控訴人がこれを開封はしたけれども、内容については知らないので、広島において簡単に説明したところ、控訴人から「受けとれないから返してくれ」といわれたので、その封筒はまた庶務課へ返却したとあり、机上において席を離れた事実はない。右事実によれば、控訴人の右所為は、国税通則法一二条五項二号にいう「書類の受領を拒んだ場合」にあたり、それが正当な理由がないかどうかは別として差置送達をなすべき場合に該当するのであるが、末永らは適法な手続をとつておらず、交付送達、差置送達いずれもしていない。よつて、前記通知書等はいずれも適法に送達がなされたものということはできない。

(二) 所得税関係

国税通則法一二条一項によれば、税務署長が発する書類は、その送達を受けるべき者の住所又は居所に送達するとあるが、在監者の場合には民訴法(一六八条)、刑訴法(五四条)と同様、監獄の長(拘置所長)宛になすべきである。

原判決は、本件更正処分等通知書は、当時控訴人が勾留されていた前記京町拘置支所長宛に送達されたことを認定しているが、原判決の引用する乙第一号証の一、二によると、右通知書が京町拘置支所長宛送達された形跡はなく、受取人の氏名は、単に「京町拘置所」とあるに止まる。もつとも、乙第二号証によれば、拘置支所長宛送達されたかのように記載されているが、この故をもつて「長」宛に送達されたということはできず、これを控訴人に示しても、受領しなかつたことが明らかである以上、送達があつたとはいえない。

2  異議申立の存在

仮に、本件につき適法な送達があつたとしても、控訴人は、適法な期間内に有効な異議申立を行つている。

(一) 入場税関係

(1) 昭和四一年九月二九日、控訴人は、本件入場税賦課決定通知書を使送に来た当時の熊本税務署員に対し、賦課決定にかかる入場税は既に納付ずみであり、今更納税するいわれはない旨意思表示をしており、これには右賦課決定の取消を求める意思表示が含まれていた。控訴人は、右意思表示によつて、本件入場税の賦課決定に対する異議申立をしたのである。

また、右異議申立は、同日中に税務署員作成の復命書によつて被控訴人に伝えられ、更に、賦課決定通知書が控訴人の指示によつて、受取拒否を理由として被控訴人に返送されたが、この事実に徴しても、右控訴人の異議申立の意思は被控訴人に伝達されたというべきである。

(2) 国税通則法七五条により、国税に関する異議申立に適用される行政不服審査法九条によると、不服申立は原則として書面を提出しなければならないと規定されているが、これは訓示規定であつて、異議申立の方式を書面に限定する趣旨ではない。行政不服審査法五七条によれば、行政庁は処分の相手方に一定事項の教示をしなければならないが、その内容には不服申立が書面によるべきことは含まれていない。本件入場税賦課決定通知書にも、異議申立は書面でする必要があるとは教示されていないし、通知書を使送した税務署員もそのような教示はしていない。従つて、教示をなすべき内容に不服申立は書面によらねばならないことが含まれていない以上、書面によることは不服申立の要件ではなく、単に事務処理上の便宜のための訓示的なものと解すべきで、口頭による異議申立も有効と扱わなければならない。

(3) 以上、控訴人は、被控訴人に対し、昭和四一年九月二九日、本件人場税の賦課決定処分に対し有効な異議申立を行つたのであるが、被控訴人は、その翌日から起算して三月経過しても何ら決定せず、国税通則法八〇条により、三月経過の翌日である昭和四一年一二月三〇日に被控訴人を管轄する熊本国税局長に対し審査請求をしたものとみなされるところ、同国税局長はその翌日から起算して三月を経過しても何の裁決も行わなかつた。よつて、本訴は国税通則法八七条一項一号の規定によつて提起されたものである。

(二) 所得税関係

(1) 昭和四二年一月一二日、本件各所得税額の更正決定、重加算税賦課決定の通知書が控訴人に送達されたとしても、控訴人は、これを交付しようとした拘置支所員に対し、受取拒絶の意思表示をなし、返送を依頼した。よつて、右通知書類は翌一三日被控訴人に返送された。これは、前記入場税の賦課決定通知書の場合と同様控訴人がなした異議申立にあたり、被控訴人は、返送を受けた一三日にこれを了知しているのである。

(2) 右異議申立の方式が書面によらなくても差支えないこと、この申立に対して被控訴人が何らの決定をせず、審査請求に移行したものとみなされ、従つて、本訴が適法なることはいずれも前記入場税の場合と同様である。

三  仮に、本件各処分通知書の送達があり、控訴人によつて異議申立等がなされていないとしても、控訴人には異議申立等につき決定等を経ないことに正当な理由がある。すなわち、前記のとおり、控訴人は、本件入場税の関係では、既に納入済のつもりで、重ねて課税される理由は全くないと正当に信じており、また、当時、控訴人のおかれた客観的主観的な不安定な状態に照らしても、入場税賦課決定に対し、正規の異議申立手続をとることを期待しうる状態ではなかつた。このことは所得税関係でも同様であり、仮に法定期間内に控訴人による適法な異議申立がなかつたとしても、控訴人には責められるべき事由はなく、専ら権限を濫用した警察、税務当局の責任である。よつて、国税通則法八七条(現行一一五条)一項但書、四号後段により、決定、裁決を経ないことにつき正当な理由があるので、本訴は適法である。

第二被控訴代理人の陳述した主張

一  被控訴についての本案前の主張

行政事件訴訟法三六条によれば、無効確認の訴が提起できるのは、その法律上の利益を有する者で、現在の法律関係に関する訴によつては目的を達することができない場合に限られる。そして、この当該処分の無効を前提とする「現在の法律関係に関する訴によつて目的を達することができない」とは処分に基づいて生じる法律関係につき、処分の無効を前提とする当事者訴訟又は民事訴訟によつては、本来、その処分のため被つている不利益を排除することができないことをいうのである。本件の場合の控訴人としては、各処分の無効を前提とする現在の法律関係に関する訴(当該租税債務不存在確認の訴)によつて同一目的を達成できるのであるから、本件無効確認の訴を提起することは許されない。

二  控訴人は、「本件各課税処分は、内容上重大な過誤があり、かつ、それが課税要件の根幹に関するものであつて、不服申立期間の徒過による不可争的効果の発生を控訴人の不利益に帰せしめるのは著しく不当と認められる事情があるから、いずれも無効である」旨主張し、最高裁判所昭和四八年四月二六日第一小法廷判決(民集二七巻三号六二九頁。以下「昭和四八年第一小法廷判決」という。)を援用する。

そこで、被控訴人は、まず、課税処分の無効原因に関する最高裁判所の判例につき考察するとともに、右判例の立場から本件事案に関し控訴人の主張する無効事由について検討を加え、次に、付加的に右昭和四八年第一小法廷判決につき考察するとともに、右判決の立場から本件事案に関し控訴人の主張する無効事由について検討を加え、いずれの立場からするも、本件各課税処分につき控訴人が主張する瑕疵をもつてしては、右各課税処分の無効事由足り得ないことを明らかにする。

1(一)  一般に行政処分の無効原因につき、最高裁判所の判例は、いうまでもなく、基本的には、重大かつ明白な瑕疵のある行政処分は無効であるとするいわゆる重大明白説を採用しており(たとえば最高裁昭和三一年七月一八日大法廷判決・民集一〇巻七号八九〇頁)、かつ、瑕疵の明白性については、「(行政処分の)瑕疵が明白であるというのは、処分成立の当初から、(処分の要件の存在を肯定する処分庁の認定の)誤認であることが外形上、客観的に明白であることを指すものと解すべきであり」(最高裁昭和三六年三年七日第三小法廷判定・民集一五巻三号八三一頁)、「客観的に明白ということは、客観的ということが主観的に対応する概念であるから、処分関係人の知、不知とは無関係に、特に権限ある国家機関の判断をまつまでもなく、なんびとの判断によつても、ほぼ同一の結論に到達し得る程度に明らかであることを指すものと解すべきであ」り(最高裁昭和三七年七月五日第一小法廷判決・民集一六巻七号一四三七頁)、また「瑕疵が明白であるかどうかは、処分の外形上、客観的に誤認が一見着取し得るものであるかどうかにより決すべきものであつて、行政庁が怠慢により調査すべき資料を見落したかどうかは、処分に外形上客観的に明白な瑕疵があるかどうかの判定に直接関係を有するものではな」い(前掲昭和三六年三月七日第三小法廷判決)、とするいわゆる外観上一見明白説をとつているのである。

そして、課税処分についても、行政処分の一つとして、その無効原因につき右の最高裁判所の判例がそのまま妥当するものであることはいうまでもないところである(前掲昭和三六年三月七日第三小法廷判決は課税処分に関するものである。)。

なお、最高裁判所の裁判例のうちにも、瑕疵の明白性の要件に触れることなく行政処分の無効を認めた事例が例外的に存在するが、それらはいずれも、行政処分の不存在ないしは処分庁の権限の欠如、消滅、またはそれらと同視し得るような手続ないし形式上の瑕疵が存する事案、あるいは私人の公法行為等他の法律要件の存在が行政処分の前提要件とされる場合に右前提要件を欠く事案等であつて、本件のように、行政処分の内容上の過誤、とりわけ事実誤認が問題とされる事案は、最高裁判所の判例である前記重大明白説―外観上一見明白説―が最もよく妥当すべき典型的な場面であるとされているところなのである。

ところで、控訴人援用の前記昭和四八年第一小法廷判決は、課税処分に内容上の過誤が存する事案に関し、瑕疵の明白性の要件に触れることなくその無効原因につき論じている(但し、当該事案につき課税処分が無効であると結論しているものではない。)点において、最高裁判所の裁判例のうちでも特異な位置を占めるものということができるのであるが、右判決をもつて、前記最高裁判所の判例である重大明白説―外観上一見明白説―が実質的に変更されたものと解すべきでないことはいうまでもない。このことは、右昭和四八年第一小法廷判決の後においても、いずれも不実の登記を資料としてなされた贈与税賦課処分に関し、「課税処分が当然無効であるというためには、処分に重大かつ明白な瑕疵が存することを要するものと解すべきであ」る旨判示した最高裁判所昭和四八年一〇月二日第三小法廷判決(シユトイエル一四一号三二頁参照。)、及び同裁判所同月五日第二小法廷判決(シユトイエル同号三九頁参照。)、また、源泉徴収義務者の誤認が主張された事案に関し、「行政処分にこれを難効とすべき明白な瑕疵があるかどうかを判定するについて、処分庁が怠慢により調査すべき資料を見落したかどうかということが直接関係を有するものではない」旨判示した最高裁判所昭和四八年一〇月五日第二小法廷判決(シユトイエル一四一号三五頁参照。)が存在し、更に近時、土地売買による所得の帰属者ないし所得金額認定の誤りを理由とする課税処分無効の主張に関し、前記重大明白説―外観上一見明白説―の立場からこれを排斥した控訴審判決(第一審判決理由を引用)に対し、その上告理由中に前記昭和四八年第一小法廷判決を援用して破棄を求めた事案につき、「原判決に所論の違法はない」として上告を棄却した最高裁判所昭和五一年九月二八日第三小法廷判決(税務訴訟資料八九号七二六頁以下参照。なお、第一審東京地方裁判所昭和四九年二月二七日判決、第二審東京高等裁判所昭和五一年一月二一日判決は、それぞれ、同資料七七号四七三頁以下、八七号三八頁以下各登載。)が存在するものの、他方、昭和四八年第一小法廷判決の見解を踏襲した最高裁判所の裁判例は見当らないことからも明らかであるといわなければならない。

(二)  そこで、本件各課税処分につき、控訴人の主張する無効事由を、最高裁判所の判例である重大明白説―外観上一見明白説―に立脚してこれを検討すると、その主張自体からして、到底本件各課税処分を無効ならしめるに足りる事由の主張ありとすることはできないのである。

これを分説すると次のとおりである。

(1) 昭和三六年分所得税更正処分及び同重加算税賦課処分について

右課税処分の無効事由について控訴人はるる主張するが、その重点とするところは要するに、「被控訴人が控訴人の右年分の雑所得を認定するにあたり、肥後相互銀行の控訴人名義普通預金口座及び中島朗名義普通預金口座の預け入れ額の中には第三者の収入に属すべき預り金その他控訴人の収入ではない金額が含まれているにもかかわらず、右両口座の預け入れ額の合計額をもつて控訴人の収入金額となしたこと」をもつて無効事由とするものである。

しかしながら、仮に事実は控訴人の右主張のとおりであるとしても、これをもつて右課税処分の無効事由となし得ないことは、前記重大明白説を採る最高裁判所の裁判例の各判旨から明らかである。

控訴人の主張するその余の事由も、単なる課税標準額ないし、税額認定の誤りをいうものにほかならず、到底無効事由はなし得ないところである。

(2) 昭和三七年分ないし昭和四〇年分所得税更正処分及び同重加算税賦課処分について。

右各課税処分の無効事由として控訴人の主張するところは、要するに「被控訴人が控訴人の右各年分の不動産所得を認定するにあたり、控訴人が所有する熊本市新市街二番地一二号所在の建物の一階部分の賃料収入につき、永田清次ほか五名の所持であるにもかかわらず、これを控訴人の所得に属するものとした」というにある。

しかしながら、仮に右賃料収入が控訴人主張のとおり永田清次ほか五名の所得に帰属すべきであつたとしても、右建物は控訴人の所有するところであり、かつ、その旨の所有権保存登記もなされているのであるから、この事実だけからしても既に、右不動産所得の帰属の認定の過誤が、課税処分の当初から、なんびとの眼にも、外形上、一見して明らかであるということができないことはいうまでもない。

(3) 入場税賦課決定処分について

右課税処分につき控訴人の主張する無効事由は、「控訴人は、昭和三六年当時熊本県下で行われていた入場税額決定に関する話し合いの慣行に基づき、当時の熊本税務署間税課担当者と話し合いの末決まつた税額を納付したのにもかかわらず、被控訴人は右事実を無視して右課税処分をなした」というのである。

入場税額が、税務署職員と主催者との話し合いで決定されるものではなく、控訴人主張のような事実が存しないことは従前より述べて来たとおりであるが、仮に控訴人主張のような事実が存在したとしても、租税法律関係を規律する基本的な理念である租税法律主義の原則からして、税務署長である被控訴人が、控訴人と間税課担当者との「話し合い」の内容に拘束されるべきいわれはなく、却つて入場税法の定めるところに従つて適正な税額を賦課すべき法律上の義務か負うものであることはいうまでもないところであり、課税処分の無効原因に関するいかなる裁判例あるいは学説によつたとしても、控訴人主張の右事実をもつて右課税処分を無効となすべき余地はないことは明らかである。

2(一)(1) 前記昭和四八年第一小法廷判決は、課税処分の無効原因に関し、「当該処分における内容上の過誤が課税要件の根幹についてのそれであつて、徴税行政の安定とその円滑な運営の要請を討酌してもなお、不服申立期間の徒過による不可争的効果の発生を理由として被課税者に右処分による不利益を甘受させることが、著しく不当と認められるような例外的事情のある場合には、前記の過誤による瑕疵は、等該処分を当然無効ならしめるものと解するのが相当である。」旨判示する。

(2) 右の判旨から明らかなように、右判決は、「重大な瑕疵があれば行政処分は無効である」とするいわゆる重大説に立つものではない。この点において、控訴人が右第一小法廷判決を援用しながら、「本件課税処分には重大な過誤が存するから無効である。」旨論結しているのは、右判決の理解が正確でないことに起因するか、判旨をすり替えようとするものである。

(3) また、右の判示前段の「課税要件の根幹についての過誤」なる記述(「課税要件の根幹」なる概念は未だ知られていなかつた概念であつて、その内容は必ずしも明らかではない。)の判示全体における位置づけ、換言すれば、右が判示後段とともに、課税処分の無効の独立した要件を構成するものであるか否かについては必ずしも分明ではないが、右判決が採用している利益衡量の手法からすれば、これを独立した要計と解するより、判旨後段の、「被課税者に処分による不利益を甘受させることが著しく不当と認められる」か否かの判断のいわば補助標識として掲記したものと解するのが相当であろう。そうとすれば、右の判旨の核心は「徴税行政の安定とその円滑な運営の要請」と、「被課税者の処分による不利益からの救済の要請」との利益衡量にあるということができるのである。右の点に関しても、控訴人は、いたずらに「本件課税処分の過誤は課税の根幹に関するものであるから無効である」旨あるいは「本件課税処分には重大な過誤があるから無効である」旨を主張するのみであつて、第一小法廷判決の前記利益衡量の手法に立脚した主張は何らなされていないことが指摘されなければならない。

(二)(1)  前記第一小法廷判決は、当該具体的事案について、原審認定の事実関係を前提に、当該「課税処分は、譲渡所得の全くないところにこれがあるものとしてなされた点において、課税要件の根幹についての重大な過誤をおかした瑕疵を帯有するもの」とし、また、被課税者らは、「課税処分の基礎資料となつた土地及び建物に関する登記簿の記載の現出等につきいかなる原因を与えたものでもない」事実を認定のうえ、「いわば全く不知の間に第三者がほしいままにした登記操作によつて、突如として譲渡所得による課税処分を受けたことになるわけであ」るとし、更に、「右のごときは比較的稀な事例に属し、かつ、事情の判明次第、真実の譲渡所得の帰属者に対して課税する余地もありうることからすれば、かかる場合に当該処分の表見上の効力を覆滅することによつて徴税行政上格別の支障・障害をもたらすともいい難い」とし、「彼此総合して考察すれば、」「不服申立期間の徒過による不可争的効果(の発生)を理由として、なんら責むべき事情のない上告人らに処分による不利益を甘受させることが著しく不当と認められるような例外的事情のある場合に該当」すると一応結論づけつつも、なお慎重に「かりに上告人らにおいて、第三者がほしいままにした登記を事後的に容認していた事実があり、または右登記上の表見的権利関係の存在によるなんらかの利益を享受していた事実があるとすれば、その事情のいかんによつては、右権利関係の誤認に基づく瑕疵の存する処分による不利益を上告人らに甘受させることも、あながち不当とするには当らないと認められる余地が存する」とし、右の「点についてさらに審理する必要がある」として原審に差し戻したのである。

(2) 右の判示から明らかなように、右判決は、前記(一)(3)で述べた利益衡量につき、考慮されるべき被課税者側の事情としては、過誤のある課税処分がなされたことについての帰責事由の存否を極めて重視しているのである(なお、不服申立期間の徒過に関する被課税者側の帰責事由の存否、程度についても考慮されて然るべきであると考えられるが、これにつき特に触れられていない理由は必ずしも明らかではない。)。そして、「徴税行政の安定とその円滑な運営の要請」の側から考慮されるべき事情として見逃すことができないのは、当該事案が「比較的稀な事例に属」するものであつた点である(実は、被課税者に帰責事由が認め難い点を含め、当該事案が比較的稀なと考えられる事例であつたことこそ、右判決が課税処分の無効原因につき利益衡量の手法を採用する重要な契機となつたものと推察されるのである。)。

(3) しかるに、本件各所得税更正処分及び同重加算税賦課処分についてこれをみると、右昭和四八年第一小法廷判決とは明らかに事案を異にするものであり、仮に控訴人主張の事実のとおりであるとしても、当該課税処分の過誤は単に課税標準額ないし税額の認定の多寡に関するものに過ぎない(昭和三六年分雑所得につき。)か、課税処分がなされるにつき、控訴人に重要な点において帰責事由が存する(昭和三八年ないし昭和四〇年分不動産所得につき、賃貸にかかる建物につき控訴人自らが自己名義に所有権保存登記をなしていること等)ものであつて、いずれも到底前記昭和四八年第一小法廷判決の判示する課税処分の内容上の過誤に関する無効要件を充足するものでないことは明らかであるといわなければならない。

三  被控訴人の控訴人に対する昭和四一年九月二九日付け入場税賦課決定処分並びに同四二年一月一一日付け同三六年、同三八年、同三九年及び同四〇年の各年分の所得税更正処分の課税根拠は、以下のとおりである。

1  入場税関係

(一) 入場税賦課決定に至つた経緯について。

控訴人が昭和三六年一〇月一日から同年一一月三〇日までの間、熊本市本丸一番地において主催した「熊本大菊人形博覧会」の入場税を不正に免れている疑いがある旨の熊本県警察本部からの通報により、被控訴人が調査したところ、次の事実が判明した。

(1) 控訴人は、博覧会の開催会場を個人の使用が認められていなかつたところの文化財保護委員会の管理する場所であつたこと、並びに対外的な信用、観客の動員力を考慮して、博覧会の主催者の名称に熊本商工会議所(以下「会議所」とという。)の名前を使用することとし、会議所の了承を得て、博覧会を主催したものであること。

(2) 控訴人は、熊本県母子会連盟(委員長・古荘ハマ、以下連盟」という。)との間で博覧会の前売入場券の一括委託販売契約を締結し、連盟は、これによつて各支部が売却した販売代金(一枚・一二〇円のうち支部の販売手数料五円を差引いた額・販売枚数一二万八、五九五枚)を一旦肥後銀行水道町支店の古荘ハマ名義の普通預金口座に預け入れ、これから、連盟自身の販売手数料(一枚当り五円)を差し引いた金額を肥後相互銀行本店の菊人形博木下富雄及び同人の架空名義預金である中島朗名義の各普通預金口座に預け入れていたこと。その明細は、次表のとおりである。

〈省略〉

(3) 控訴人が連盟に委託して販売した前売入場券の収入金総額は、一、五四三万一、四〇〇円(これは、控訴人が連盟から受領した前売入場券の収入金総額一、四一四万五、四五〇円に、連盟の販売手数料一二八万五、九五〇円-一〇円×一二万八、五九五枚―を加算した金額である。)であるにもかかわらず、控訴人は、連盟に係る前売入場券の税込入場料金を合計四一五万三、四四〇円(昭和三六年一〇月分・一三七万三、七六〇円、一一月分・二七七万九、六八〇円)であると故意に過少に申告していたので、前売人場券にかかる入場税ほ脱の事実が明らかであつたこと。

(二) 入場税賦課決定処分について

前記(一)のこと並びに控訴人の主催した博覧会が入場税法(昭和二九年法律第九六号)一条の「見せ物」に当たり、前売入場券の入場料金が同法五条の免税点を超えていることから、同法四条の課税標準額に入場税を課すこととなるので、被控訴人は、昭和四一年九月二九日同法一一条により、別紙別表1ないし3の差引ほ脱税欄各記載内容の入場税賦課決定処分をなしたものである。

なお、右別表1ないし3の前売大人料金の調査額欄中税込入場料金記載の各金額は、前記(一)の(2)で記載した表の各月分の合計額に連盟の販売手数料額を加算した金額である。すなわち

1,800,000円-1,650,000円+(10円×65,000枚)

(別紙1参照) (前記(一)(2)表〈1〉参照)

6,545,400円-6,000,000円+(10円×54,545枚)

(別紙2参照) (前記(一)(2)表〈2〉参照)

7,123,320円-6,495,450円+(10円×59,050枚)+37,320円

(別表3参照) (前記(一)(2)表〈3〉及び〈4〉参照)

右の三万七、三二〇円は、控訴人が会議所に委託して販売した三一一枚分の前売入場券の販売収入代金である。

2  所得税関係

(一) 控訴人の昭和三六年分及び内三八年分ないし同四〇年分の所得税にかかる申告及び更正処分の内容は、次のとおりである(なお、異議決定及び裁決は、いずれも控訴人の申立を却下している。)。

〈省略〉

(二) 昭和三六年分の雑所得について

(1) 雑所得の内訳は、次のとおりである。

〈省略〉

(2) 前売券収入金額 一、五四六万八、七二〇円

これは、博覧会の前売人場券の販売収入金額であるが、控訴人は、連盟及び会議所との間で、前売入場券の一括委託販売契約を締結し、連盟にかかる販売収入金額一、五四三万一、四〇〇円(一枚・一二〇円、販売枚数・一二万八五九五枚)及び会義所にかかる販売収入金額三万七、三二〇円(一枚・一二〇円、販売枚数・三一一枚)合計一、五四六万八、七二〇円の収入を得ているものである。

(3) 当日券収入金額 一、〇九六万九、三九二円

これは、当日売入場券の販売収入金額であるが、控訴人は、博覧会にかかる収入金を肥後相互銀行本店の菊博木下富雄名義(口座設定日・昭和三六年七月二九日)及び控訴人の架空名義預金である中島朗名義(口座設定日・昭和三六年一〇月一一日)の各普通預金に預け入れていたので、当日売入場券収入金額を次のように算出した。

(ⅰ) 昭和三六年一二月末日までの右各預金の預け入れ合計額は、三、五四〇万九、〇二二円であり、その内訳は、次のとおりである。

菊博木下富雄名義の預け入れ高一、六〇一万三、四三八円

中島朗名義の預け入れ高一、九三九万五、五八四円

(ⅱ) 連盟及び会議所による前売入場券の販売収入金額は、一、五四六万八、七二〇円(前記2(二)(1)表参照)であるが、控訴人が同人らから受領した金額は、控訴人と同人らとの間の前売入場券の一括委託販売契約による販売手数料(一枚当り一〇円、販売枚数合計一二万八、九〇六枚)金一二八万九、〇六〇円を控除した金一、四一七万九、六六〇円であり、このうち、右各預金に預け入れられなかつた連盟からの前売入場券の収入金額三五四万四、八六〇円(前記1(一)(2)表預け入れ先欄参照)があることから、前売入場券の販売収入金額が右預金に預け入れられた金額は一、〇六三万四、八〇〇円(14,179,660円-3,544,860円) である。

(ⅲ) 入場券の販売収入金額以外の博覧会にかかる収入金額は、一、三八〇万四、八三〇円(これは、2(二)(1)表の広告料収入欄から雑収入欄までの各記載の金額の合計額である。)である。

(ⅳ) (ⅰ)、(ⅱ)及び(ⅲ)のことから、当日売入場券収入金額は、一、〇九六万九、三九二円となる。

35,409,022円(10,634,800円+13,804,830円)-10,969,392円

(4) 受取利息 三万七、四五一円

これは、雑所得の収入金額にあたらないことから、更正額には計上しなかつたものである。

(5) 前売券販売手数料 一二八万九、〇六〇円

これは、控訴人が連盟及び会議所との間で博覧会の前売入場券の一括委託販売契約を締結したことに基づいて、一枚につき一〇円の手数料を支払つた合計金額である。その内訳は、次のとおりである。

連盟に支払つた販売手数料(一二万八、五九五枚) 一二八万五、九五〇円

会議所に支払つた販売手数料(三一一枚) 三、一一〇円

(6) 必要経費小計 一、五九〇万九、八二七円

控訴人は、前記2(二)(2)及び(3)記載のように多額の入金があるにもかかわらず、これを肥後相互銀行本店の中島朗名義の架空名義預金に預け入れたり、あるいは、経理担当者が日々の入場券収入金額の推移状況を明確にするため作成した日計表を改ざんするなどして意図的に隠ぺいし、もつて、収支計算書を作成したのであり、このような場合、収入金額に対応する必要経費についても、収入金の除外割合により圧縮するのが通例であることから、必要経費の実際額の捕捉に努めたが、真実の収支か記載した領収証、原始記録等の呈示がなかつたため、調査収入金額三、八九五万三、八八二円(これは、前記2(二)(1)表〈1〉の四、〇二四万二、九四二円から前売券販売手数料一二八万九、〇六〇円を差し引いた金額である。)の控訴人申告収入金額二、〇六六万六、九〇一円(同表〈1〉参照)に対する割合の一八五パーセントを固定経費(同表2)を除く経費(同表3参照)についての控訴人の申告額八五九万九、九〇八円に乗じたものである。

15,909,827円-8,599,908円×185%

(三) 昭和三八年分ないし同四〇年分の不動産所得について。

(1) 各係争年分の不動産所得の内訳は、次のとおりである。

(ⅰ) 昭和三八年分

(ⅰ) 昭和三八年分

〈省略〉

(ⅱ) 昭和三九年分

〈省略〉

(ⅲ) 昭和四〇年分

〈省略〉

(2) 各係争年分の不動産収入金額

(ⅰ) 各係争年分の「渡辺・杉井家賃収入金額」については、控訴人は、同人所有の熊本市新市街二番地一二号所在の建物のうち一階部分を昭和三八年八月から渡辺カズほか一名に対し賃料月一二万円で貸し付けていたものである。

(ⅱ) 昭和三八年分の「(株)丸九家賃収入金額」については、控訴人は、同人所有の同市新市街三番地二九番所在の建物を昭和三八年四月から株式会社丸八商店に対し賃料月一万三、〇〇〇円で貸し付けていたものである。

(3) 各係争年分の必要経費額

イ 控訴人は、渡辺カズほか一名に対する建物貸し付けにかかる不動産所得を永田清次ほか五名の所持として申告していることから、永田清次外五名の所得として申告している収入金額に対する必要経費の割合(以下「経費率」という。))の二八パーセントでもつて、渡辺カズほか一名に対する建物貸し付けによる不動産所得の必要経費額を算出した。

ロ (株)丸八分については、控訴人が昭和三九年分の(株)丸八に対する建物貸し付けによる不動産所得として申告した経費率によつて算出した。

四  取消事由の主張に対する反論

1  送達について。

(一) 入場税関係

国税通則法上の送達には民訴法一六八条のような特別規定は存しないが、在監者の収容されている監獄は、在獄者にとつて国税通則法一二条一項にいう「居所」と考えられ、在監者に宛てられた公文書は監獄法四八条により、監獄の長から在監者に対して交付されるべきものとされているので、国税通則法上の書類の送達の場合も、監獄の長が受領したときに送達の効力が生じるものと解するのが相当である。本件入場税賦課決定通知書は、熊本税務署員末永秀太郎ほか一名が、昭和四一年九月二九日控訴人の勾留されていた京町拘置支所において、同支所保安課職員広島幸雄立会のうえ、控訴人に接見し、広島を介して控訴人に交付され、控訴人は一旦受け取つた後突き返すようにしたが、末永らは、そのまま通知書を受け取ることなく退出した。右通知書は間もなく控訴人が支所長のもとに持参したか、広島によつて庶務課に渡され、同日、控訴人は右通知書の件で支所長に面会している。以上の事実によれば、本件通知書は、昭和四一年九月二九日京町拘置支所長及びその補助職員のもとに到達しているので、控訴人に有効に送達されたものである。

仮にそうでないにしても、本件通知書は、税務署員末永らが控訴人に接見した際、保安課員広島を介して控訴人に交付され、控訴人においてこれを了知しうべき状態におかれたのであるから有効に送達されたものというべく、更に控訴人が本件通知書を突き返すようにしたとき、末永らはこれをそのままにして退出した点からすれば、国税通則法一二条五項二号の差置送達がなされたものというべきである。もつとも、在監者に対する送達は、その監獄の長に送達書類を交付したときに効力が生じると解すべきであり、監獄法四八条によれば、公文書は必ず本人に交付さるべきものとされているので、これにより送達書類の内容を了知させるという送達本来の目的は達せられる。それ故、同条の交付に際して、本人が受領を拒絶した場合、差し置き手続までしなければ、監獄の長を受送達者とした在監者に対する送達の効力が生じないということはできない。

本件において、監獄の長を受送達者として在監者本人に交付されなければならない公文書が、直接在監者本人を受送達者としてこれに交付され、その受領拒絶があつた場合にあたるとしても、監獄の長を受送達者とした場合と同じく差し置かなければならない法的義務はなく、いずれの点からみても本件入場税賦課決定通知書は有効に控訴人に送達されたものというべきである。

(二) 所得税関係

本件通知書は、昭和四二年一月一二日京町拘置支所長のもとに到達し、監獄法四八条により控訴人に対し交付の手続がとられているのであるから、控訴人に有効に送達されていることは明らかである。

五  異議申立についての反論

1  方式

控訴人は、本件各処分に対しては、口頭による異議申立を適法になしたと主張するが、国税通則法には口頭による不服申立を認めた規定はないから、行政不服審査法九条一項の規定により、本件各処分に対する不服申立は書面によることが必要である。控訴人は、右規定は訓示規定であるというが、同条の立法趣旨は、不服内容の明確化、不服申立の存在の明瞭化、不服申立の確実な伝達及びその保存等を図り、もつて不服申立の論点を明らかにするとともに、その手続を慎重にする等の必要に基づくものであり、単に行政事務処理の便宜のためにのみ存在する訓示規定と解することはできない。また、教示制度と不服申立手続とは、別個の主旨、目的によつて規制されているのであつて、同一に論ずることはできず、書面で不服申立をなすべきことが教示内容になつていないからといつて、不服申立は、書面でする必要がないとはいえない。

2  異議申立の意思表示

控訴人は、入場税については、通知書を使送に来た税務署員に対し、「昭和三六年の入場税は納付済であるから納める必要はない」等、激怒して申し出たこと、所得税については、更正決定通知書を交付しようとした京町拘置支所員に対して、「所長に話してあるし、受け取るわけにはいかない。自分は関知しないから、返送するように。」と申し出たこと等をもつて、異議申立があつたと主張するか、異議の申立の対象、趣旨、理由等が明らかでなく(現行国税通則法八一条参照。)、控訴人のかかる言葉のみで異議申立の意思表示があつたということはできない。

六  本件各処分につき、異議申立に対する決定、審査請求に対する裁決を経ないことにつき正当な理由があるとの控訴人の主張は争う。国税通則法八七条一項但書四号後段(現行法一一五条一項三号)の正当事由とは、異議申立、審査請求を経ることが無意味であるとか、客観的に不可能な場合とかをいうのであつて、控訴人主張のような接見禁止つきの長期勾留中とか、税務署に対する激しい怒り、不信、疑惑等、控訴人の主観的、内心的な事情は正当な理由に該当しないことは明らかである。

第三証拠関係

一  控訴代理人は、甲第一ないし第四号証、第五号証の一、二、第六ないし第一〇号証、第一一号証の一、第一二号証の一ないし一〇、第一三号証の一、第一四号証ないし第一七号証、第一八号証の一ないし五、第一九号証の一ないし一八、第二〇号証の一ないし三、第二一号証の一ないし三、第二二号証の一ないし四二、第二三号証の一ないし七五、第二四号証の一ないし五五、第二五号証の一ないし四一、第二六、第二七号証、第二八号証の一ないし一五、第二九号証の一ないし一〇、第三〇号証の一のイ、ロ、ニ、第三一号証の一ないし八、第三二号証の一ないし一一、第三三号証の一ないし三、第三四号証の一ないし八、第三五ないし第三九号証、第四〇、第四一号証の各一、二、第四二号証、第四三号証の一、二、第四四、第四五号証、第四六号証の一、二を提出(甲第八号証は写を原本に代えて提出)し、甲第二八号証の一ないし七、一一ないし一五は博覧会会場における芸能の実演の状況を、同号証の八は同会場における自衛隊ブラスバンドの演奏の状況を、同号証の九は同会場における熊本県警ブラスバンドの演奏の状況を、同号証の一〇は同会場に陳列された生花をそれぞれ撮影した写真であり、甲第三一号証の一ないし六は同会場に設けられた看板を、同号証の七、八は同会場に設置されたボンボリをそれぞれ撮影した写真であり、甲第三二号証の一は国鉄熊本駅前に、同号証の二は国鉄八代駅前に、同号証の三は大牟田駅前に、同号証の四は御幸橋に、同号証の五は谷村計介銅像跡に、同号証の七は御幸橋緑地帯に、同号証の八は辛島町記念碑跡に、同号証の九は熊本市役所前に、同号証の一〇は河原町緑地帯に、同号証の一一は大甲槁際に各設置された博覧会の広告塔を、同号証の六は国鉄熊本駅ホームに陳列された宣伝用菊人形をそれぞれ撮影した写真であり、甲第三三号証の一、二は博覧会会場に掲げられた三角旗を、同号証の三は博覧会の宣伝カーをそれぞれ撮影した写真であり、甲第三四号証の一ないし八は博覧会会場で稼動していた職員を撮影した写真であり、甲第四六号証の一は昭和三六年七、八月ころ、熊本城竹の丸内に建設中の食堂を、同号証の二は同年一〇月、一一月ころ同場所における食堂とその従業員をそれぞれ撮影した写真であると附陳し、産戻後の当審における証人永田清次、同渡辺カズ、同松尾義光、同木下辰則、同村上正也並びに差戻前及び差戻後の当審における控訴人の各供述を援用し、乙第一一号証、第一六号証、第一七号証の一ないし三、第一八号証の一、二、第二〇号証、第二一号証の一ないし六、第二二号証の一ないし三、第二三、第二四号証、第二五号証の一、二、第二六号証の成立を認め、乙第一二ないし第一四号証、第一五号証の一ないし七、第一九号証の一、二、第二七号証、第二九号証の成立は不知、乙第二八号証の一、二は原本の存在及び成立を認めると述べた。

二  被控訴代理人は、乙第一一ないし第一四号証、第一五号証の一ないし七、第一六号証、第一七号証の一ないし三、第一八、第一九号証の各一、二、第二〇号証、第二一号証の一ないし六、第二二号証の一ないし三、第二三、第二四号証、第二五号証の一、二、第二六、第二七号証、第二八号証の一、二、第二九号証を提出(甲第二八号証の一、二は各写を原本に代えて提出)し、差戻後の当審における証人長谷耕、同浜田明男の各供述を援用し、甲第三号証、第五号証の一、二、第六ないし第八号証、第一二号証の二、六、第一四ないし第一七号証、第一八号証の一ないし五、第二三号証の四六、七一ないし七四、第二四号証の四ないし一〇、一四、一五、一八ないし二〇、二二ないし二四、二六ないし二八、三四ないし三六、四四、四五、四八、五〇、五一、五三、五四、第二五号証の三ないし七、一一、一二、一七、一九、二四、二九第二七号証、第二九号証の二ないし一〇、第三〇号証の一のイ、ロ、二、第三五ないし第三八号証、第四〇、第四一号証の各一、二、第四四号証の成立(甲第八号証は原本の存在も)を認め、甲第二八号証の一ないし一五、第三一号証の一ないし八、第三二号証の一ないし一一、第三三号証の一ないし三、第三四号証の一ないし八、第四六号証の一は控訴人主張どおりの写真であることを認める、甲第四六号証の二は撮影時期及び被写体の建物が食堂であることは認めるが、被写体の人物が食堂の従業員であることは不知、甲第四二号証、第四三号証の一、二については認否をせず、その余の甲号各証の成立は不知と述べた。

理由

第一  被控訴人が控訴人に対し別紙目録(一)記載の所得税更正決定処分及び重加算税賦課決定処分並びに別目録(二)記載の入場税賦課決定処分をしたことは、当事者間に争いがない。

控訴人は、当審において訴の追加的変更をし、本位的請求として右各処分の無効確認を求めているところ、被控訴人は、右訴が不適法であつて許されない旨主張するので、まず、同訴が適法であるか否かにつき判断する。

納税者が課税処分を受け当該課税処分にかかる税金をいまだ納付していないため滞納処分を受けるおそれがある場合において、右課税処分の無効を主張してこれを争おうとするときには納税者は、行政事件訴訟法三六条により右課税処分の無効確認を求める訴を提起することができるものと解するのが相当である(最高裁昭和四二年(行ツ)第五七号同四八年四月二六日第一小法廷判決・民集二七巻三号六二九頁、最高裁昭和五〇年(行ツ)第九四号同五一年四月二七日第三小法廷判決・民集三〇巻三号三八四頁参照。)。これを本件についてみるのに、弁論の全趣旨によれば、控訴人は本件課税処分にかかる所得税及び入場税をいまだ納付していないことが認められるから、控訴人は、右課税処分に続く滞納処分を受けるおそれがあるものというべく、従つて、本件課税処分無効確認の訴は適法であり、これが不適法であるとする被控訴人の右主張は、採用することができない。

第二  控訴人は、本件各課税処分が然無効である旨主張するので、この点につき判断する。課税処分が当然無効である。というためには、処分に重大かつ明白な瑕疵か存することを要し、処分の瑕疵が明白であるということは、処分要件の存在を肯定する処分庁の認定の誤認であることが、処分成立の当初から、外形上、客観的に明白であることをさすものと解するのが相当である(最高裁昭和三五年(オ)第七五九号同三六年三月七日第三小法廷判決・民集一五巻三号三八一頁参照。)。

一  本件各課税処分がなされるに至つた経違は、次のとおりである。

昭和三六年度における控訴人の雑所得がすべて「熊本大菊人形博覧会」(以下「博覧会」という。)の入場料収入によるものであることは、当事者間に争いがなく、右事実に成立に争いのない甲第一四号証、第一六号証、第三五ないし第三八号証、乙第一一号証、第一六号証、第一七号証の一ないし三、第一八号証の一、二、第二〇号証、第二一号証の一ないし六、第二二号証の一ないし三、第二三、第二四号証、第二五号証の一、二、第二六号証、差戻後の当審証人永田清次の供述により成立を認める甲第二六号証、第三九号証、第四五号証差戻後の当審証人浜田明男の供述により成立を認める乙第一二ないし第一四号証、第一五号証の一ないし七、その方式及び趣旨により真正な公文書と推定すべき乙第一九号証の二、差戻後の当審証人浜田明男、同長谷耕、同永田清次(一部)、同渡辺カズ(一部)、同松尾義光(一部)並びに差戻前及び差戻後の当番における控訴人(各一部)の各供述と本件弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

1  入場税関係

被控訴人は、昭和四一年六月ころ、控訴人が昭和三六年一〇月一日から同年一一月三〇日までの間に熊本市本丸一番地において主催した「熊本大菊人形博覧会」の入場税を不正に免れている疑いがある旨の熊本県警察本部からの通報により調査したところ、次の事実が判明した。

(一) 控訴人は、博覧会の開催会場が個人使用の認められてない文化財保護委員会管理にかかる場所であつたことと対外的な信用や観客の動員力を考えて、博覧会の主催者として熊本商工会議所(以下「会議所」という。)の名を使用することとし、同会議所の諒承を得て、博覧会を主催した。

(二) 控訴人は、熊本県母子会連盟(委員長・古荘ハマ、以下「連盟」という。)との間で博覧会の前売入場券の一括委託販売契約を締結し、連盟は、各支部が前売入場券を売却した販売代金(一枚・一二〇円のうち支部の販売手数料五円を差し引いた額・販売枚数一二万八、五九五枚)を一旦肥後銀行水道町支店の古荘ハマ名議の普通預金口座に預け入れ、これから連盟自身の販売手数料(一枚当り五円)を差し引いた金額を肥後相後銀行本店の菊人形博木下富雄及び同人の架空名義預金である中島朗名義の各普通預金口座に預け入れていたが、その詳細は、次表のとおりであつた。

〈省略〉

(三) 控訴人が連盟に委託して販売した前売入場券の収入金総額が一、五四三万一、四〇〇円(控訴人が連盟から受領した前売入場券の収入金総額一、四一四万五、四五〇円に、連盟の販売手数料一二八万五、九五〇円-一〇円×一二万八、五九五枚-を加算した金額。)であるにもかかわらず控訴人は、前売入場券の税込入場料金を合計四一九万〇、七六〇円(昭和三六年一〇月分・一三七万三、七六〇円、同年一一月分・二八一万七、〇〇〇円)であると故意に過少に申告していたので、前売入場券にかかる入場税ほ脱の事実が判明した。更に、控訴人か会議所に委託して販売した前売入場券の収入合計三万七、三二〇円(一枚・一二〇円、販売枚数三一一枚)が存し、会議所がこれから阪売手数料三、一一〇円(一枚当り一〇円)を差し引いた三万四、二一〇円を控訴人に納入していることも明らかとなつた。

(四) そこで、被控訴人は、昭和四一年九月二九日、入場税法(昭和二九年法律第九六号)一一条により別紙別表1ないし3の差引ほ脱額欄各記載どおりの入場税賦課決定処分をなした。

なお、右別表1ないし3の前売大人料金の調査額欄中の税込入場料金記載の各金員は、前叙1の(二)で掲記した表の各月分の合計額に連盟の販売手数料額を加算した金額である。すなわち、

1,800,000円-1,650,000円+(10円×15,000枚)

(別紙1参照) (前叙1(二)表〈1〉参照)

6,545,400円-6,000,000円+(10円×54,545枚)

(別表2参照) (前叙1(二)表〈2〉参照)

7,123,320円-6,495,450円+(10円×59,050枚)+37,320円

(別表3参照) (前叙1(二)表〈3〉及び〈4〉参照)

右の三万七、三二〇円は、控訴人が会議所に委託して販売した三一一枚分の前売入場券の販売収入代金である。

2  所得税関係

控訴人は、次表の確定申告欄掲記のとおり、昭和三六年分及び同三八年ないし同四〇年分の所得税にかかる申告をしていたが、被控訴人は、前叙入場税ほ税の事実に関連して控訴人の所得を調査していたところ、右申告のほか控訴人に雑所得又は不動産所得があることが判明したとして、同表の更正・賦課決定欄掲記のとおりの更正決定処分及び重課算税賦課決定処分をした。被控訴人が右各処分をするに至つた詳細は、以下に述べるとおりである。

〈省略〉

(一) 昭和三六年分の雑所得について

被控訴人が認定した右雑所得の内訳は、次表の更正額欄掲記のとおりであつて、その認定の経緯は、以下のとおりである。

〈省略〉

(1) 前売券収入金額 一、五四六万八、七二〇円

これは、博覧会の前売入場券の販売収入金額であるが、前叙1(三)で説示したとおり、控訴人は、連盟及び会議所との間で、前売入場券の一括委託販売契約を締結し、連盟にかかる販売収入金額一、五四三万一、四〇〇円(一枚・一二〇円、販売枚数一二万八五九五枚)及び会議所にかかる販売収入金額三万七、三二〇円(一枚一二〇円販売枚数・三一一枚)合計一、五四六万八、七二〇円の収入を得ていた。

(2) 当日券収入金額 一、〇九六万九、三九二円

これは、当日売入場券の販売収入金額であるが、控訴人が博覧会にかかる収入金を肥後相互銀行本店の菊博木下富雄名義(口座設定日・昭和三六年七月二九日)及び控訴人の架空名義預金である中島朗名義(口座設定日・昭和三六年一〇月一一日)の各普通預金に預け入れていたと認定し、当日売入場券収入金額を次のように算出した。

イ 昭和三六年一二月末日までの右各預金の預入合計額は、三、五四〇万九、〇二二円であり、その内訳は、次のとおりである。

菊博木下富雄名義の預入高 一、六〇一万三、四三八円

中島朗名義の預入高 一、九三九万五、五八四円

ロ 連盟及び会議所による前売入場券の販売収入金額は、一、五四六万八、七二〇円であるが、控訴人が同人らから受領した金額は、控訴人と同人らとの間の前売入場券の一括委託販売契約による販売手数料(一枚当り一〇円、販売枚数合計一二万八、九〇六枚)金一二八万九、〇六〇円を控除した金一、四一七万九、六六〇円であり、このうち、右各預金に預け入れられなかつた連盟からの前売入場券の収入金額三五四万四、八六〇円(前叙1(二)表預け入れ先欄参照)があることから、前売入場券の販売収入金額が右預金に預け入れられた金額は一、〇六三万四、八〇〇円(14,179,660円-3,544,860円)である。

ハ 入場券の販売収入金額以外の博覧会にかかる収入金額は、一、三八〇万四、八三〇円(これは、前叙2(一)表の広告料収入欄から雑収入欄までの各記載の金額の合計額である。)である。

ニ (2)イ、ロ及びハのことから、当日売入場券収入金額は、一、〇九六万九、三九二円となる。

35,409,022円-(10,634,800円+13,804,830円)-10,969,392円

(3) 受取利息 三万七、四五一円

これは、雑所得の収入金額にあたらないことから、更正額には計上しなかつた。

(4) 前売券販売手数料 一二八万九、〇六〇円

これは、控訴人が連盟及び会議所との間で博覧会の前売入場券の一括委託販売契約を締結したことについて、一枚につき一〇円の手数料を支払つた合計金額である。

その内訳は次のとおりである。

連盟に支払つた販売手数料(一二万八、五九五枚) 一二八万五、九五〇円

会議所に支払つた販売手数料(三一一枚)三、一一〇円

(5) 必要経費小計 一、五九〇万九、八二七円

被控訴人は、控訴人が前叙2(二)(1)及び(2)のように多額の収入金があるにもかかわらず、これを肥後相互銀行本店の中島朗名義の架空名義預金に預け入れたり、あるいは経理担当者が日々の入場券収入金額の推移状況を明確にするため作成した日計表を改ざんするなどして意図的に隠ぺいする目的で、収支計算書を作成したのであると解し、このような場合、収入金額に対応する必要経費についても、収入金の除外割合により圧縮するのが通例であることから、必要経費の実際額の捕捉に努めたが、真実の収支を記載した領収証、原始記録等の呈示がなかつたため、調差収入金額三、八九五万三、八八二円(これは前叙2(一)表〈1〉の四、〇二四万二、九四二円から前売券販売手数料一二八万九、〇六〇円を差し引いた金額である。)の控訴人申告収入金額二、〇六六万六、九〇一円(同表〈1〉参照)に対する割合の一八五パーセントを固定経費(同表〈2〉)を除く経費(同表〈3〉参照)についての控訴人の申告額八五九万九、九〇八円に乗じたものである。 15,909,827円-8,599,908円×185%

(二) 昭和三八年分ないし同四〇年分の不動産所得について。

(1) 被控訴人が認定した右各係争年分の不動産所得の内訳は、次表の更正額欄掲記のとおりであつて、その認定の経緯は、以下のとおりである。

イ 昭和三八年分

〈省略〉

ロ 昭和三九年分

〈省略〉

ハ 昭和四〇年分

〈省略〉

(2) 各係争年分の不動産収入金額

イ 各係争年分の「渡辺・杉井家賃収入金額」については、控訴人所有(登記薄上も控訴人所有名義に保存登記経由)の熊本市新市街二番地一二号所在、家屋番号二番一二の一鉄筋コンクリート造陸屋根屋階付四階建店舗兼事務所床面積一階一〇五・〇〇平方メートル、二階一〇五・〇〇平方メートル、三階九五・六四平方メートル(以下「木下ビル」という。)の一階部分を渡辺カズほか一名が賃料月一二万円で永田清次ほか四名から賃借した旨の契約書が存し、その賃料につき永田清次、高村きよ子、木本正喜、木下辰己、吉川征一郎名義で不動産所得の申告がなされていたが、被控訴人は、これに疑念を持ち、高村きよ子、木本正喜の妻について調査したところ、同女らから家賃収入があることや不動産所得の申告がなされていることを知らない旨返答され、また、永田清次についての調査に際しても、追及に対し窮地に陥つた同人から税務署の処置に任せる旨の申出がなされたので、右一階部分の賃貸人は同建物の所有者である控訴人であると認定した。

ロ 昭和三八年分の「(株)丸八家賃収入金額」については控訴人がその所有の同市新市街三番地二九所在の建物を昭和三八年四月から株式会社丸八商店に対し貸料一万三、〇〇〇円で賃貸していた。

(3) 各係争年分の必要経費額

イ 控訴人が渡辺カズほか一名に対する建物賃貸にかかる不動産所得を永田清次ほか四名の所得として申告していることから、同人らの所得として申告している収入金額に対する必要経費の割合(以下「経費率」という。)の二八パーセントをもつて、渡辺カズほか一名に対する建物賃貸による不動産所得の必要経費額を算出した。

ロ 株式会社丸八商店については、控訴人が昭和三九年分の同会社に対する建物賃貸による不動産所得につき申告した経費率によつて算出した。

以上の事実を認めることができ、左認定に反する差戻後の当審証人永田清次、同渡辺カズ、同松尾義光並びに差戻前及び差戻後の当審における控訴人の各供述部分は採用することができず、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。

二  右一の認定事実に基づいて本件各課税処分に重大かつ明白な瑕疵が存するか否かにつき順次検討する。

1  控訴人は、昭和三六年当時において入場税法の税率は全く形骸化していて、税務署と興行主とが話し合いで税額を定めこれを納入する方式がとられていたので、控訴人がこの話し合いの方式に従つて博覧会の入場税の納付につき被控訴人と協議を行い、話し合いの結果に基づく人場税一〇〇万四、〇〇〇円を当時完納していたから、被控訴人が、当時の税額決定の過程及び根拠を一方的にふみにじつて本件入場税賦課決定処分をすることは無効である旨主張するので、この点につき判断する。

前項甲第一四号証、第一六号証、第三五号証に差戻後の当審証人永田清次並びに差戻前及び差戻後の当審における控訴人の各供述を総合すると、昭和三六年当時熊本県下において興行がなされるときは、税務署の担当係官と興行主とが話し合いで税額を定め、これを納入する方式がとられることが多かつたので、控訴人は、博覧会を開催するに際し、熊本税務署の担当係官と協議したが、定員のある劇場、公開堂等のいわゆる「小屋もの」と異なり、本件博覧会開催には定員がなく、入場人員について予測することができなかつたため、係官の申出により昭和三六年七月二〇日入場料保全担当の担保金として二五万円を提供したが、開催後の入場者が予想以上に多数となつたので、係官の申出により興行途中の同年一一月六日更に担保金五〇万円を提供し、博覧会終了後に最終清算額として更に二五万四、三九〇円を納付したことが認められ、他に右認定を覆えすに足る証拠がない。

ところで、入場税額は、税務署の担当係官と興行主との話し合いで決定されるべきものではなく、入場税法の規定により定まるものであるから、税務署長である被控訴人が控訴人と担当係官との話し合いの内容に拘束されるいわれがなく、前叙一1で説示したとおり入場税法一一条により実際に納付すべき入場税額と既に話し合いにより納入された入場税額との差額(ほ脱額)につき入場税賦課決定処分をしても何ら違法となるものではないと解するのが相当である。

さすれば、本件入場税賦課決定処分には叙上の点につき重大かつ明白な瑕疵が存しないというべく、右処分が無効である旨の控訴人の主張は採用することができない。

2  控訴人は、被控訴人がなした昭和三六年分の雑所得の認定については、肥後相互銀行の木下富雄名義普通預金口座及び中島朗名義普通預金口座の預け入れ額の単純合計額をもつて控訴人の収入額としているが、右両口座の入金がすべて控訴人の収入ではなく、博覧会関係の預り金ないし運用資金としての一時的借入金も存したところ、右口座入金の性質を明らかにすることなく認定された収入額は、内容的に誤りであるとともに収入なきところに課税するという結果になつているばかりでなく、必要経費の計上も正しくなされていないから、同年分の所得税更正処分及び重加算税賦課処分は無効である旨主張するので、この点につき判断する。

先ず、前叙一2(一)(1)ないし(5)で説示したとおり、被控訴人は、博覧会にかかる収入金が肥後相互銀行本店の菊博木下富雄名義及び控訴人の架空名義預金である中島朗名義の各普通預金口座に預け入れられていると認定し、昭和三六年一二月末日までの右各預金口座の預け入れ合計額が三、五四〇万九、〇二二円であつたので、連盟及び会議所による前売入場券の販売収入金額のうち右各預金口座に預け入れられた金額が一、〇六三万四、八〇〇円であることが判明し、また、入場券の販売収入金額以外の博覧会にかかる収入金額を控訴人の申告どおり一、三八〇万四、八三〇円(これは、前叙一2(一)(2)ハで説示の金額である。)とし、右各預金口座預け入れ合計額三、五四〇万九、〇二二円から同預金口座に預け入れられた右前売収入金一、〇六三万四、八〇〇円及び入場券販売収入金以外の右収入金一、三八〇万四、八三〇円を差し引いた残額一、〇九六万九、三九二円をもつて当日券収入金額と算定し、更に、前売券販売手数料が一二八万九、〇六〇円存したことが判明したが、それ以外の必要経費についての実際額を捕捉できなかつたため、調査収入金額三、八九五万三、八八二円の控訴人申告収入金額二、〇六六万六、九〇一円に対する割合の一八五パーセントを固定経費を除く必要経費についての控訴人の申告額八五九万九、九〇八円に乗じて得られた一、五九〇万九、八二七円をもつて固定経費を除く必要経費額と算定し、前叙一2(一)表のとおり、控訴人の昭和三六年分の雑所得を八七六万二、六七九円と更正したのである。そして、前顕乙第二〇号証、第二三、第二四号証、第二五号証の一、二に差戻後の当審証人長谷耕の供述及び本件弁論の全趣旨を総合すると、被控訴人は、捜査関係書類から肥後相互銀行の係員が博覧会の期間中毎日閉場後に博覧会会場に赴いて当日の収入を集金し、これを前叙菊博木下富雄名義及び中島朗名義の各普通預金口座にほぼ折半して預け入れ、右両預金口座に預け入れられている昭和三六年一二月末日までの預入れ合計額三、五四〇万九、〇二二円が博覧会の収入であると認定したが、そのうち一、〇六三万四、八〇〇円が連盟及び会議所による前売入場券の販売収入であると把握できただけで、控訴人により日計表が改ざんされ、これに基づき入場税の申告書及び総勘定元帳が作成されていた疑いが濃厚であつたため、その余の金額については収入名目ごとの明細を確認できず、また、必要経費についても真実の収支を記載した領収証、原始記録等の呈示がなかつたので、便宜上右のとおりに博覧会による控訴人の収支を認定したことが認められる。なお、入場税賦課決定においては、別紙別表1ないし3のとおり当日売入場券収入につきほ脱額がないとされながらも、昭和三六年分の雑所得の認定においては、前叙一2(一)表のとおり当日売入場券収入につき八三五万三、五三二円のほ脱額が存するとの矛盾が生じている。しかし、雑所得とは、利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得、譲渡所得及び一時所得以外の所得であり、その金額はその年中の雑所得に係る総収入金額から必要経費を控除した金額であるから(昭和二二年三月三一日法律二七号の所得税法九条一項一〇号、現行所得税法三五条)、たまたま雑所得を構成する費目の収入額と認定されたものが、その費目の実際の収入額と異つていても、認定にかかる雑所得全体の総額が実際の所得総額と一致していれば、雑所得の認定に違法がないというべきであり、本件において、雑所得の総額は、前売人場券の販売収入を除く収入名目ごとの金額確定につき入場税の申告書、総勘定元帳の記載の信頼性に疑問を挾さむ余地が認められ、前叙のような手順で当日券販売収入額を推認したのもやむを得ず、固定経費を除く必要経費額を前叙の方法で推算したのにも合理性を欠くとはいえないから、入場税賦課決定でほ脱額を認められなかつた当日売入場券収入算入の故に本件雑所得総額の認定が違法であると即断することはできない。

次に、差戻後の当審証人永田清次、同村上正也、同木下辰則及び控訴人の各供述を総合すると、博覧会の期間中に会場で有限会社白鳥及び木下辰則の経営していた食堂の売り上げ金や牛乳、ジユース等の販売をしていた弘乳舎の売り上げ金等も前叙菊博木下富雄名義及び中島朗名義の各普通預金口座に預け入れられていたのではないかとうかがれないでもない。しかし、このように被控訴人が右各預金口座に預け入れられた金額をすべて控訴人の収入と認定したことは、調査不十分のそしりを免れないにしても、前叙各課税処分がなされた経緯に照らすと、右瑕疵は重大でなく仮に重大であつたとしても、同課税処分当時において、外形上、客観的にその瑕疵が明白であつたということはできない。

そして、右各課税処分につき控訴人の主張するその余の無効事由は、単に課税標準額ないし税額認定の誤りを非難するにすぎず、仮に誤りがあつたとしても 同課税処分がなされた経緯に照らすと、未だもつて重大かつ明白な瑕疵に該当するものということができない。

さすれば、被控訴人がなした昭和三六年分の所得税更正処分及び重加算税賦課処分が無効である旨の控訴人の主張は採用することができない。

3  控訴人は、被控訴人が前叙昭和三八年ないし昭和四〇年分の所得税更正決定及び重加算税賦課決定をするに際し、控訴人所有の熊本市新市街二番地一二号在木下ビル一階部分の賃料収入が永田清次ほか五名の所得であるにもかかわらず、これを控訴人の所得に属すると認定し課税したから、右各処分が無効である旨主張するので、この点につき判断する。

前叙一2(二)(2)イで説示したとおり、右木下ビル一階部分につき渡辺カズほか一名が賃料月一二万円で永田清次ほか四名から賃借した旨の契約書が存し、その賃料について永田清次、高村きよ子、木本正喜、木下辰己、吉川征一郎名義で不動産所得の申告がなされていたにもかかわらず、被控訴人において調査したところ、高村きよ子、木本正喜の妻から右の家賃収入があることや不動産所得の申告がなされていることを知らない旨の回答があつたばかりか、右の点につき永田清次を追及したところ、同人から税務署の処置に任せる旨の申出がなされたので、木下ビルの所有者が控訴人であり、かつ、登記簿上も控訴人所有名義に保存登記が経由されていたこともあつて、被控訴人は木下ビル一階の真実の賃貸人が控訴人であると認定したのである。右認定の経緯に照らする、木下ビル一階の賃貸人がはたして右永田清次ほか四名であるかは極めて疑わしく、仮に同人らが賃貸人であつたとしても、被控訴人が控訴人に対し右各課税処分をなした時点において、外形上、客観的にその誤認が明白であつたということはできない。

さすれば、右誤認が存することを前提に昭和三八年ないし昭和四〇年分の所得税更正決定及び重加算税賦課決定が無効である旨の控訴人の主張は採用することはできない。

第三  本件各課税処分取消の訴が適法であるか否かにつき判断する。

一  まず、本件各所得税額の更正決定、重加算税並ぴに入場税の賦課決定の各通知書が控訴人に適法に送達されたか否かについて検討する。

1  成立に争いのない乙第四ないし第六号証に原審証人末永秀太郎、同広嶋幸雄(一部)の各供述を総合すると、熊本税務署員末永秀太郎は、ほか一名と共に、昭和四一年九月二九日熊本地方裁判所裁判官の接見許可を得て熊本市京町一丁目一三番二号所在の京町拘置支所特別接見室において同支所勤務の法務事務官看守広嶋幸雄立会のうえ控訴人に接見し、昭和三六年九月分ないし一一月分の入場税の賦課決定通知書及び納税通知書を控訴人に交付するために接見を求めた旨を告げて右各通知書の在中する封筒を立会の同看守に交付し、同看守がこれを控訴人に手交したところ、控訴人がその封を開きこれに目を通したのち昭和三六年分の入場税は既に納付してあるから、これを受け取ることができない旨言つたのに対し、末永は、異議があれば一月以内にその申立をするよう告知し、なおも続く控訴人の抗議を無視し、右各通知書をその場の机の上に差し置いたまま同所を立ち去つたことが認められ、右認定に反する原審証人広嶋幸雄並びに原審及び差戻前の当審における控訴人の各供述部分は採用することができず、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。

国税通則法(昭和四五年三月二八日改定前のもの。)には在監者に対する書類の送達について特別の規定が存しないけれども、民訴法一六八条を準用して監獄の長に送達すべきものと解するのが相当である。

ところで、右各通知書は末永から同支所看守広嶋に手渡されることによつて同支所長に送達されたものと解することもでき、更に広嶋から控訴人に控付され、控訴人はこれを開封閲読しているのであるから、いずれにせよ控訴人において了知し得べき状態におかれたものであることは明らかで、有効に送達されたものと解するのが相当である。

2  成立に争いのない乙第一号証の一、二、原審証人安藤喜四郎の供述により成立を認める乙第二号証(名刺部分については成立に争いがない。)に同証人の供述を総合すると、昭和四二年一月一二日、被控訴人から当時控訴人が勾留されていた前叙京町拘置支所長宛に本件各所得税額の更正決定、重加算税の賦課決作の通知書が送達されたため、同日法務事務官看守長林国彦が右各通知書の入つた封筒を開封したのち右拘置支所長の決裁を受け、法務事務官看守部長安藤喜四郎に右各通知書を手渡してこれを控訴人に交付するよう指示したので、右安藤が同拘置支所面会所において控訴人に対し右各通知書の内容を説明したうえこれを受け取るように示したが、控訴人は、これを受け取らず、右安藤に対しこれを被控訴人に返送するよう申し出たことが認められ、右認定に反する原審及び差戻前の当審における控訴人の各供述部分は採用することができず、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。

右各通知書の送達につき、控訴人は乙第一号証の二に受取人の氏名が「京町拘置所」とあり、「京町拘置所長」となつていないことを根拠に適法な送達がなかつた旨主張するところ、右通知書の正確な宛名が「京町拘置所」であつたとは右乙号証だけで断定することができず、仮にそうであつたとしても、受取人の氏名が特定の官署として表示されている郵便物であれば、通常その官署の代表者である長に宛てられたものと解するのが相当であり、現に、前顕乙第二号証によると、右各通知書は京町拘置支所長に宛て送達された書面であつたので、同支所では受付簿に登載のうえ支所長の決裁を受けて交付簿に登載したのち、控訴人に交付する手続がとられたことが認められるから、右各通知書は、京町拘置支所長に宛て送達された書面であつたので、同支所でに受付簿に登載したのち、控訴人に交付する手続がとられたことが認められるから、右各通知書は適法に同支所長に送達されたことが認められる。

二  次に適法な期間内に異議申立がなされたか否かについて検討する。

1  改正前の国税通則法七六条一項、八七条一項によると、税務署長の課税処分の取消を求める訴は、原則として、その処分の通知を受けた日の翌日から一月以内にその処分をした税務署長に対して異議申立をし、これについての決定を経たうえ、更にそれに不服のある者は所轄の国税局長に対し審査請求をし、その決裁を経た後でなければ訴を提起することができないところ、本件所得税額の更正決定、重加算税の賦課決定については、前叙一2で説示したとおりその通知が昭和四二年一月一二日になされており、成立に争いのない乙第三号証及び原審における控訴人の供述によると、控訴人は、右通知を受けた日から八か月余も経過後の同年九月二一日に至つて被控訴人に対し異議申立をしたが、被控訴人は、同法七六条一項所定の異議申立期間を徒過した異議申立であるとしてこれを却下したことが認められ、また、本件入場税の賦課決定につき、控訴人が被控訴人に対し異議申立をしたことを認めるに足る証拠はない。

2  控訴人は、本件入場税関係につき、賦課決定通知書を持参した熊本税務署員に対し、入場税はすでに納付済であり、今更納付する事由はない旨申し出、後に右通知書は控訴人の指示によつて返送されているので、異議申立の意思表示はなされていること、行政不服審査法九条が書面を要件としているのは訓示規定であること等を理由に、右賦課決定に対して適法な異議申立があつた旨主張し、原審証人末永秀太郎、原審及び当審における控訴人の各供述によれば、本件通知書交付の際、控訴人にそのような言動があつたことが認められ、これによれば、控訴人に右賦課決定に対する反感と決定書受領拒絶の意思があつたことは認められるけれども、更にすすんで、右言動により決定書のどの部分に、どのような理由で、いかなる不服があり、どのような主旨の不服申立をするのかは、具体的に何ら知ることができないので、かかる言動のみをもつて右決定に対する異議申立がなされたと認めることは困難である。そうであるばかりでなく、行政不服審査法九条一項の書面主義の原則は、今日の複雑な行政組織のもとにおいて、行政処分に対する不服申立につき、不服申立の存否、内容、限度、時期等を明確にし、手続の慎重確実性を期する趣旨の規定であり、これを単なる訓示規定と解するのは相当でない。控訴人は、書面による異議申立をすることが教示の内容になつていないことをもつて訓示規定という一事由にしているのであるが、教示制度と不服申立手続の両者は、必ずしも制度の主旨、目的を同じくしているわけではなく、かかる事由があるからといつて、前同条の明文に反し、口頭による異議申立を適法とすることもできない。

3  所得税関係についても、単に当該通知書の受領を拒絶し、これを返送した控訴人の行為のみをもつて、その主張するような適法期間内に、適法有効な異議申立があつたと認めがたいことは入場税の場合の判断と同様である。

三  なお、控訴人は、本件各処分については、異議申立に対する決定、審査請求に対する裁決を経ないで出訴することに正当な理由がある旨主張するけれども、改正前の国税通則法八七条一項但書四号後段所定の正当事由とは、異議申立、審査請求を経由することが無意味であるとか客観的に不可能な場合とかをいうものであり、単に控訴人主張のような接見禁止つきの勾留中であり、当時、税務署に対する激怒、不信感を抱いていたというような主観的内心的事情のみでは正当な理由があるとは認められないし、また、控訴人は勾留中であつたとはいえ、異議申立をすることが著しく困難な状況にあつたものとも認められない。

そして、ほかに同法八七条一項但書に定める異議申立についての決定、審査請求についての裁決を経ることなく直接出訴できる場合に該当する事情は認められない。

四  してみると、本件所得税更正決定処分、重加算税賦課決定処分並びに入場税賦課決定処分の各取消を求める訴は、いずれも適法な不服申立手続を経ていない訴として改正前の国税通則法八七条一項本文の要件を欠くことになるから、その余の点につき判断するまでもなく、不適法として却下を免れない。

第四  よつて、控訴人が当審において追加した本件各課税処分の無効確認を求める請求は、失当であるからこれを棄却すべく、右各処分の取消請求についての原判決は相当であつて、本件控訴は、理由がないから、民訴法三八四条に従いこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき同法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 園部秀信 裁判官 辻忠雄 裁判官森永彦は、退官につき、署名捺印することができない。裁判長裁判官 園部秀信)

目録(一)

昭和四二年一月一一日付の

1 昭和三六年分

所得税更正処分額 三、九三六、三三〇円

重加算税賦課処分額 一、九六八、〇〇〇円

2 昭和三八年分

所得税更正処分額 一八〇、五〇〇円

重加算税賦課処分額 五四、〇〇〇円

3 昭和三九年分

所得税更正処分額 三八三、一三〇円

重加算税賦課処分額 一一四、九〇〇円

4 昭和四〇年分

所得税更正処分額 三八六、五二〇円

重加算税賦課処分額 一一五、八〇〇円

目録(二)

昭和四一年九月二九日付の入場税賦課決定

処分額 一、八七九、六六〇円

別表1

入場税ほ脱税額算出表

昭和38年9月分

〈省略〉

別表2

入場税ほ脱税額算出表

昭和36年10月分

〈省略〉

別表3

入場税ほ脱税額算出表

昭和36年11月分

〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例